福岡地方裁判所小倉支部 平成2年(ワ)966号 判決 1992年6月12日
原告
田中けい子
同
田中喜美子
同
松下コスエ
同
秋山小夜子
同
秋山ミヤ子
同
秋山秀世
同
磯部サダ子
同
磯部忠則
同
柴崎清明
同
西村豊太
同
西村幸一
同
西村達子
同
浜崎政代
同
二見隆
同
二見信子
同
二見ツヤ子
同
吉村みすず
右原告ら訴訟代理人弁護士
小川章
同
江口亮一郎
被告
藍島漁業協同組合
右代表者理事
上村博利
右訴訟代理人弁護士
多加喜悦男
主文
一 被告は、原告二見隆が平成元年一二月一三日に、原告二見信子、同吉村みすずが平成二年八月二二日に、その余の原告らが同年二月一四日にそれぞれなした被告への正組合員としての加入申込に対して、承諾の意思表示をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、
一原告二見隆が平成元年一二月一三日付で
二原告田中けい子、同田中喜美子、同松下コスエ、同秋山小夜子、同秋山ミヤ子、同秋山秀世、同磯部サダ子、同磯部忠則、同柴崎清明、同西村豊太、同西村幸一、同西村達子、同浜崎政代、同二見ツヤ子が平成二年二月九日付で
三原告二見信子、同吉村みすずが平成二年八月二二日付でそれぞれなした被告への正組合員としての加入申込に対し、承諾の意思表示をせよ。
第二事件の概要
一前提となる事実(争いのない事実以外は末尾に証拠を掲記する。)
1 被告は、水産業協同組合法(以下「水協法」という。)によって設立された漁業協同組合である。
2 被告の定款によれば、その正組合員(以下「組合員」という。)たる資格を有する漁民は「この組合の地区内に住所を有し、かつ一年を通じて九〇日をこえて漁業を営みまたこれに従事する漁民」(八条一号)と規定されている。
3 しかしながら、実際の被告への加入条件については、平成二年九月二九日、組合総会決議によって変更承認された「組合員資格審査規程」(以下「規程」という。)がある。規程によれば、
「1 加入条件
(1) 中学、高校、大学を卒業後藍島で漁業に従事している者(成人)は准組合員として認め、満三年後には正組合員として認める。……
(2) 中学・高校・大学を卒業後会社その他へ就職していて島に帰って漁業に従事している者(成人)は准組合員として認め、満五年後には正組合員として認める。……
* 加入条件の(1)(2)の附帯条件として正組合員になるには男女を問わず自立(一世帯構成)するものに限る」
と規定されている。
4 原告らは、それぞれ被告に対し、加入申込書を提出し組合員として加入したい旨申込んだが、被告はこれに承諾を与えていない。
5 なお、被告の定款には「この組合の組合員になろうとする者は、氏名または名称、住所または事務所の所在地および引き受けようとする出資口数を記載した加入申込書を組合に提出しなければならない。」(九条)と規定されているが、原告らは、右申込に際し、原告二見信子、同吉村みすず以外の者は被告の事務所に備え付けの組合加入申込書を用いず、住所の記載もせずに申込をしたし、また、原告ら全員は加入の際に必要な引受出資口数を記載していなかった。<書証番号略>
二争点
1 原告らから被告に対し、有効な加入申込があったか。
(被告)
原告二見信子、同吉村みすず以外は備え付けの用紙を用いず、住所の記載がなかったし、原告ら全員は引受出資口数を記載していなかった、原告らの加入申込は有効になされていない。また、原告二見信子、同吉村みすずの加入申込があったことを認めたのは真実に反し、錯誤に基づくものであるから撤回する。
2 申込があったとして、原告らに組合員資格はあるか。
(原告)
原告らは、被告の地区内に住所を有し、被告の組合員(漁民)である夫もしくは父らと共に漁船に乗り出漁し、毎年九〇日をこえて漁業に従事している漁民であり、被告の組合員たる資格を具備している。
3 被告に原告らの加入申込を拒否する正当な理由があるか。
(被告)
(一) 原告らは、規定に定めた加入条件を満たしていないから、その加入申込を拒否することは正当な理由がある。
なお、規程の合法性については、次のとおりである。すなわち、水協法は、協同組合の組合員の経済的、社会的地位を維持向上させることを目的とし(一条)、監督官庁の認可を受けた被告の定款もこれをより明確に規定している(一条)。そして、漁業は、漁場・漁法・漁期・漁種その他の要素が加わり、本来極めて地域的特性が強い職業形態であるから、漁業協同組合については、右の法律定款の目的を達成するため、その範囲内で高度の自治性が認めらるべきであり、水協法二五条の「正当な理由」についても、この観点から判断さるべきである。
被告の漁場の範囲は漁民の数に比して狭く、しかも響灘に面していることから冬季は時化て出漁出来ない日も多く、被告の組合員は、漁期を限定したあわび・さざえ等の根付漁業、建て網、いか漁、遠洋漁業等で生計を維持しており、いずれも零細な専業漁民である。また、漁業従事者以外の組合員は存在しない。組合員がこれ以上に無限定的に増加すれば、例えば、今定めた建網の反別を更に減少せざるを得なくなるほか他の魚介類の漁獲も減少し、組合員の生活に重大な影響を与え、共倒れのおそれがあり、水協法一条、四条、一一条が定める、漁民及び水産加工業者の事業、又は家計の助成を図り、組合員の相互扶助を目的とする組合事業の円滑な運営が不可能となる恐れが強い。そのため、規程をもうけて加入条件を制限しているのである。
なお、被告としては組合員資格の制限緩和は時代の趨勢と考え、現在の規程は、前組合長時代のそれを大幅に緩和したものである。
(二) 原告らは、かねて、被告の事業活動を妨害する行為をしており、加入申込を拒否するのは当然である。
すなわち、被告は、従前から、婦人部を設け、これに助成金を支給し、婦人部員は定款に定める、組合員の協同による経済活動、組合員の経済的・社会的地位の向上に資する活動をしてきた。原告田中けい子は、その婦人部長であり、他の原告らは婦人部員であったものであるが、婦人部を集団で脱退し、正規の手続きによらないでほしいままに、婦人部の財産から自己の持ち分と称する金額を持ち去った。これは婦人部部長であった原告田中けい子にとっては業務上横領、他の婦人部員であった原告らにとって横領に類する行為であり、婦人部の活動が阻害されただけでなく、組合の内部秩序がかき乱され、組合の事業活動に著しい支障をきたした。しかも原告らは態度を改めず、被告と婦人部攻撃を続けている。
(原告)
(一)について、次のとおり反論する。すなわち、仮に、漁業協同組合に対し高度の自治性が認められるべきであるとしても、それはやはり法律定款の範囲内であることが必要である。すなわち、水協法一八条一項一号及び被告の定款八条一号は各漁業協同組合の地域性に拘らず普遍的に適用される原則である。しかも、原告らは、既に被告の組合員となっている夫もしくは父親らと共に被告の漁場において永年漁業に従事してきている。すなわち、原告らは、本件組合加入申込によって新規に漁業を開始するわけではない。被告の組合員らの漁業の実態に全く変更ない。従って、原告らが被告に形式的に加入したからといって被告の漁場が狭められたり、漁獲高に影響を及ぼしたりすることはないので全漁民の共倒れということは起こりようがない。
規程は、次の点で違法である。すなわち、新加入者は准組合員と成る事ができるだけで、組合員となるには三年もしくは五年の経過を要し、この点で組合員資格に不当な制限を加えている。
更に組合員は一世帯一人であるという制限は法令定款にも何ら根拠のない不当なものである。組合員資格は個々の漁民に与えられ、組合員となった者にはそれぞれ組合から経済的利益を享受する権利を与えられるとともに、議決権、選挙権等の共益権を与えられるのであって、この組合員資格が一家族のうち一人にしか与えられないとする合理的理由はない。
第三争点に対する判断
一争点1について
確かに、被告主張のとおり、定款(<書証番号略>)には、加入申込の際は、氏名、住所、及び引き受けようとする出資口数を記載した加入申込書を被告に提出しなければならないとの規定があり(九条)、原告らの申込に被告主張のとおりの記載漏れがあることが認められる(<書証番号略>)。そのためか、被告は右加入申込を加入の要望書として取り扱っていたとも考えられる(<書証番号略>、被告代表者)。
しかしながら、加入申込の動機は何であれ、原告らが被告への加入申込の意思をもって右申込書を提出したことが認められ(原告松下コスエ、同田中けい子)、被告もこれを加入申込書として取り扱い、これに応答している書面もある(<書証番号略>)し、組合加入の際の資格審査を担当する組合員資格審査委員会に諮問したりもしている(<書証番号略>)。仮に、被告が原告らの加入申込を正式のものでないと判断したのなら、その時点でその理由を示して明確に拒否すれば足りたのであって、それをせずに一応の対処をしている以上、不完全ではあっても正式の加入申込がなされたものとして、それを補正させれば足りるのであり、今さら記載漏れがあったから加入申込自体がなかったとするのは相当ではない。
原告らからは、主張の日(ただし、原告二見隆、同二見信子、同吉村みすず以外の原告らの申込日は、これに副う原告松下コスエ、同田中けい子の供述はあるが、<書証番号略>には日付の記載がなく、被告側の平成二年二月一四日に提出されたとの<書証番号略>、被告代表者の供述の方が客観性があると思われるので、平成二年二月一四日と認める。)に加入申込がなされたと認められる。(<書証番号略>)
二争点2について
水協法一八条、及び同法を受けた被告の定款によれば、被告の組合員となることができる者は、この組合の地区内に住所を有する、一年を通じて九〇日をこえて漁業を営み、また、これに従事する漁民とされている(争いのない事実)。
原告らは、被告の組合員である夫や父と一緒に、もぐり、建網などで、あわび、さざえ、魚などを捕獲するという漁業に、年間九〇日以上従事していることが認められる(<書証番号略>、原告松下コスエ、同田中けい子。なお、被告代表者)。
そうであれば、原告らは、被告の定款の定める組合員の資格を有していることになる。
三争点3について
まず、(一)について判断する。被告に規程のあることは争いがない。被告が規程を根拠に原告らの加入申込を拒否していることから右規程の適法性が問題となる。
被告は、水協法に基づいて設立認可された協同組合であり、その性質上、加入自由の原則があり、組合員数の制限は許されないことになっている。ただ、被告が漁業権を有している漁場は有限であり(<書証番号略>)、そこにある水産資源もまた有限であることは明らかであって、果たして、右の原則を貫いた場合、水協法の目的とする漁民の経済的社会的地位の向上と水産業の生産力の増進(一条)が図られうるのか、むしろ、被告の指摘する漁民の共倒れが生じないか、疑問なしとしない。
被告は、組合員数約八〇名の小規模な漁業協同組合で、漁場も狭く、建て網について一組合員当り一〇〇反に規制するなどして相互の生計を維持していることが認められる(<書証番号略>、被告代表者)。仮に、組合員数が著しく増加すれば、水産資源の増殖などの相当の努力を払っても、組合員の生計を維持できない事態に陥る可能性があり、規程もそれを防止するため一定の合理性を有していることは拒めない。
しかしながら、一世帯に一組合員しか認めないことが合理的かは問題のあるところであって、むしろ、現に漁業に従事している者にそれに応じた地位を与えることは必要であろうし、当初は准組合員としての加入しか認めず、一定の年限を経た後にしか組合員にしないという点も、既に永年漁業に従事した経験のある原告らにこれを画一的に適用するのは合理的とは考えられない。むしろ、原告らは前記二のとおり、現に組合員である夫や父と共に漁業に従事している者であって、原告らの加入申込は、いわば実態に合わせるだけのものであって、それらの者が加入することによる影響は組合員数の増加による建て網の規制強化や漁業補償金(<書証番号略>)の分配額の減少など多少はあるものの、ある程度はやむをえないというほかない。そうであれば、規程を理由に原告らの加入を拒否することには正当な理由はないというほかない。
次に(二)について判断する。確かに、被告には婦人部の組織があり、原告田中けい子は婦人部長、原告松下コスエ、同秋山小夜子、同秋山ミヤ子、同磯部サダ子、同西村達子、同浜崎政代、同二見信子、同二見ツヤ子、同吉村みすずは各婦人部員であったが、集団で退部したこと(<書証番号略>、原告松下コスエ、同田中けい子)、及びその際、婦人部の積立金を一人当り二万九八九三円ずつ配分したこと(<書証番号略>)が認められる。右原告らの婦人部からの脱退は、多分に被告内部のいわゆる派閥争い的な面があり(<書証番号略>、証人田中真一郎、被告代表者)、また積立金の配分も配分すべき金銭が、合法的手続を経たのか若干疑問もあり、必ずしも正当とは評し難い面がある。しかしながら、これらは、いわば現執行部に対する反対派としての行為であって被告自体の事業活動を妨害したとまで評価できるものではなく、右原告らがその様な行為に出たことだけをとらえて、被告への加入申込を拒否することは正当な理由とはなりえない。
(裁判官有吉一郎)